



客員
大阪

民事、労働(労働訴訟・労動審判)、会社法務、 家事、刑事、倒産処理
これまでの経験
裁判官として約35年間、裁判所に勤務し、民事、刑事、家事、少年の全ての事件を担当しましたが、特に民事事件については、特殊事件を含めて幅広く経験しました。
また、当事者や事件を理解するためのさまざまな勉強をしてきました。
当事者理解について
被爆者について勉強したところ、被爆者が、水をくれと言う人等を助けることができなかった自分を何十年経っても責めて苦しんでいることが分かりました(「ヒバクシャの心の傷を追って」中澤正夫著 岩波書店)。他方、アメリカが憎いと思いながら死んでいった若者も多くいたといいます。しかし、被爆者は苦しみながらも徐々にその体験を人類の行く末に重ね合わせ、こんな思いを誰にもさせてはならないという「誰にも」に、すべての人類が含まれるという確信に成長したと、元広島市長の秋葉忠利さんはいわれています(「報復ではなく和解を」秋葉忠利著 岩波書店)。
被爆者の歩んだ道のりの険しさ、葛藤の深さを知らずに、被爆者が平和を望むのを当然だと思っていた私は深く反省しました。被爆者は、被爆者以外の人が被爆者の思いを「わかってくれていない。」と嘆いているように思います。被爆者は世間からの差別(就職差別,結婚差別等)に苦しんできたからです。
また、1945年(昭和20年)の東京空襲から60数年後の訴訟提起に際し、被害者を精神医学的診察した医師の野田正彰さんは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、自然治癒しているものの、被害者が晩年になって、昔の極限状況を想起し、亡くなった親族等を救えなかったことに自責感を強めていることを報告されています(朝日新聞2008年(平成20年)12月19日朝刊
「東京大空襲 63年を経て消えぬ心の傷跡」)。
その後、勉強を進めて、森永ヒ素ミルク事件、阪神大震災、東日本大震災、性犯罪、自殺者の親族等、さまざまな事件、事故の被害者、遺族が自責の念を抱いて苦しんでいることが分かってきました。
もっとも、日航機墜落事故(昭和60年8月12日)で,9歳の息子さんを亡くし、「8.12」連絡会事務局長をされている美谷島邦子さんによれば、日航機墜落事故で自責の念を抱いた遺族は47パーセントということですから(「御巣鷹山と生きる―日航機墜落事故遺族の25年」美谷島邦子著 新潮社)、同様の体験をしても、全員が必ず自責の念を持つわけではないでしょう。また、当事者の苦しみは自責の念だけではありませんが、多くの被害者、遺族が,外側からは見えない内面で,苦しみ,痛みを感じていることは確かだと思います。
美谷島さんは、「被害者遺族の苦しみは、社会的になかなか理解してもらえない。」といわれています。
当事者の苦しみ、悲しみを共感的に理解することは、とても難しいことですが、紛争解決のスタート地点に立つ上で大事なことであると思います。
一弁護士として、精進して努力していきたいと考えています。